This is me 父のこと

父のこと

人生という物語

私の父は昔から優しい人でした。どう優しいかというと「怒らない」「怒鳴らない」「命令しない」「監視しない」「干渉しない」。

私はよく母に怒られていたのですが、今思えば怒られて当たり前のことをたくさんしてきたなと思います。しかしもっとよく思い出せば、例えばカーテンを切り刻んだり、ダイニングテーブルを削ったり、時計を分解したり、そんなことで母は怒りませんでした。母が烈火のごとく叱りつけるときといえば、ものを大切に扱わなかったときです。それが私の知識不足であったとしても、結果的に物を大切に扱わないことになれば、それはもう激しく怒られました。

ある日、私が母親に叱られている最中に父が仕事から帰宅しました。あまりの剣幕に驚いたのでしょう、父が母に事情を聞くと、父はこう母を叱りました。

「知らないことは教えれば済む話で、大声で叱りつけることはないだろう。子供にとってお前は親だ、大人だ。大人から大声で怒鳴られることが、子供にとってどれだけ怖いことかお前には分かるか?」

このとき私は泣きじゃくりながら、父は子供の目線になってくれる大人なんだと思ったのを覚えています。

優しさは諸刃の剣

父の優しさで挙げた「怒らない」「怒鳴らない」「命令しない」「監視しない」「干渉しない」は、きっと育った環境から影響を受けたのだと思います。

去年の夏、父にずっと聞きたかったことを聞きました。それは「なぜ祖母が感情的になり怒鳴り散らすのを止めなかったのか」です。この件について、家族間で話し合ったことはおろか、話題にすら出したことがありませんでした。今考えるととても不自然です。ですが、普通に考えればあまりに理不尽なことだからこそ、話題に出してはいけないと暗黙の了解になっていたように思います

このころ、すでに祖母は介護施設に入っていました。けれど母は祖母との確執がどうしても解消しきれず、父が家族を守ってくれなかったことが悔しい、もうこの家を出る、としきりに言っていました。私としては、もう祖母は施設に入っていてこの家にいないのに今さら、とも思いましたが、確かに父が祖母を止めたことは一度もなかったので、暗黙の了解を打ち破って父に聞きました。すると父はこう言いました。

「俺はずっとあの人を見てきている。誰かが止めて、止まる人ならばとっくに止めている。もし俺が嫁や娘をかばうようなことを言えば、もっと酷いことになるのが目に見えている」

私はこの時初めて「ひとりの人」として、父を見ました。脆くて頼りなくて、ひとりで抱え込んで小さくなって。きっと少年時代の父の姿が見えたのだと思います。

父の「怒らない」「怒鳴らない」「命令しない」「監視しない」「干渉しない」という姿勢は、祖母を反面教師として得たことなのだと思います。

しかし、父が一人でそう信じて抱えていたことが、結果的に母や私たち娘を傷つけたのも事実でした。

私の父という人

私がまだ幼かったころ、父の仕事着のポケットにはいつも針金だのネジだのが入っていて困る、と母が愚痴っていたのを聞きました。私は父にどうして捨てないのか聞きました。

曲がった針金は、曲がった針金なりに、いつか使うところがある。捨てるのはいつでもできる。

私は「なるほどなあ」と思ったのですが、今思い出すとこれは針金のことだけを言っていたのではないんだなと分かります。

今思えば、父の持つ優しさは、母の求めた優しさとは違ったのだと思います。けれど、どちらがいいという話ではなく、どちらにも光(良いところ)があり、闇(良くないところ)があるのだと思います。父の持つ優しさは人を責めたり、正したりすることはなかったのかもしれません。けれど、その人がいつか気づいて自然と変わることを、信じて待つことが、父にはできるのだろうと思います。

過去の父の姿

父には弟が一人と、姉が三人います。長女であるおばさんと父は、生活のため、そして末の弟を高校と大学に行かせるために、それぞれ中卒、高卒で働いて学費を工面したり、教員になってからも食事の世話をしたりしていました。

自分だけが良ければいいと思っているならば、きっともっと楽な生き方ができただろうと思います。

人生には避けようもなくいいことも悪いこともある。選べないこともたくさんある。だから、今までの人生でいくつ辛いことがあったかを数えるように生きるより、楽しかったことと、これからの楽しいことに、期待して生きているほうがいい。

去年の夏、祖母の件について聞いた時に父が言いました。今までの父の生活する姿勢、生きる姿勢を表した言葉だと思います。

父がふと思い出す「人生の楽しいこと」には家族がいるのだと思います。この家族とは、母と私たち娘だけではなく、それ以前に一緒に暮らしていた、父の両親(祖父母)と姉弟や親せきたちも含まれるのだろうと思います。それが父の「みんな」なのだと思います。

この姿勢が悪いことだとは言いません。しかし、自分と同じ姿勢を母に無言で求めていたことが、母にとっては決定的に納得できないことであったのは事実です。

それぞれの役割

周りが求める存在を演じること

私の主人は父と仲が良く、父が誘えばどこにでもついていきます。父はそんな息子が可愛くて仕方ないらしく、よく男二人で楽しそうに背中を丸めて機械をいじっています。少年のように頭を突き合わせ背中を丸めている二人を見ていると、私はとても嬉しくなります。娘3人を持つことになった父だけど、本当に持ちたかったのはこんな時間なのかもしれない、と思います。

主人に私の父のことを聞いたことがあります。主人はこう言いました。

「物事の先を見て、自然に必要な役割をこなす人だよ。いつも周りの人のことを気にかけているのはそのためだろうと思う。本当に人そのものをよく見ている人だよ」

これを聞いて、私はあることを思い出しました。

私のうちでは、晩ご飯だけは絶対に家族そろって食べるというルールがありました。いつも楽しくにぎやかな食卓ならよいのですが、場の雰囲気が悪くなることも少なくなかったと思います。そんなとき父は必ずふざけて家族を笑わせました。

何事にも真剣な母から見ると、ふざける姿勢が真剣に問題と向き合っていないと感じられたかもしれません。けれど、家族全員が真剣に、神妙に、息を詰まらせて過ごすことだけが、問題と向き合うことではないと父は考えていたんだと思います。

人生には避けようもなくいいことも悪いこともある。選べないこともたくさんある。だから、今までの人生でいくつ辛いことがあったかを数えるように生きるより、楽しかったことと、これからの楽しいことに、期待して生きているほうがいい。

自ら幸せをつかみに行く姿勢や貪欲さや情熱、戦ってでも掴みに行こうという気持ちは少ない人でしょう。これは主人も言います。でも、私は「だからこの人がダメだ」とは言えません。

私はまだ、父の人間としての姿を見たことがないのかもしれません。いや、一生その姿を見ることがないのかもしれません。それでも、この年齢になってなお、お互いの役割が変わりつつも家族という形で一緒にいられることを、とても嬉しく思っています。

父は普通のどこにでもいるおじさんです。でも、この人がいなかったら、この人がこういう人でなかったら、今の私はいません。そう考えると、今という時間が、奇跡の積み重ねのように感じます。


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