This is me 私のこと

私のこと

自分らしくあること

This is me 家族がかけがえのない理由
ひとつ前の記事では、私の家族について書きました。家族については、私が家族から受け取った「その人らしいもの」を書いてゆく予定です。なので、ここでは私のことを書いてゆきます。

しかし、改めて「私らしいもの」ってなんだろうと考えると、今までの生き方がそのものだろうと思いました。

以前の記事「光と闇を統合すること」でパンドラの箱(闇)と書いたところです。

自分の闇を忌み嫌って認めない、見ない、受け入れないことは、自分の奥底、潜在意識に閉じ込めることになります。潜在意識の風景が現実の風景となり、目の前に現れます。まるで「閉じ込めている自分を見て、これも私だと認めて」と訴えるかのように。

なりたい私と、実際の私

私は、大切な人たちにとって役立つ存在でありたいという願望を持っています。同時に頼りにされたい、期待に応えたい、人気者になりたい欲求も持っています。ですが、プライドが高いので失敗して恥をかいたり努力が報われなかったり期待に応えられずがっかりさせるのは我慢できません。だから幼い私は自分なりに分析して考えてある結論にたどり着きます。

「結果が出ることだけ頑張ろう。それ以外はできる人に任せて、できないでいよう」

理屈は理解できますが、私の欲求である「大切な人たちの役に立ちたい」「頼りにされたい、期待に応えたい、人気者になりたい」は叶えられていません。でも当時の自分なりに一生懸命考えて導き出した「自分が悔しくならない方法」でした。

掛け違えたボタン

私は自分の魂の欲求から目を逸らして、自分を守る選択をしました。役立つ人でいたいし、頼りにされたい、期待に応えたい、だけど努力が報われないのは悔しいし、失敗して怒られたりバカにされたりするのは嫌だ。私はこの壁を超える能力を持っていないと、自分を過小評価して努力すら放棄していました。

期待に応えられる人がそばにいると、その人に私の願いを託しました。聞こえはいいですが要するに人をコントロールしようとしていたわけです。私が託した相手は次女でした。次女は私が望むものを持っていたから、そして生まれたころから見ていたから、私は自分と次女の境目を見失っていたんだと思います。

これは、母親が息子に「エリートコースに進んで出世するのよ」と言い聞かせるようなものです。それがいかに良かれと思う行動であっても、相手にとってそれが負担だとしたら、どこかに歪が生まれることは想像できますよね。私は身近な人に、特に次女である妹に対して、無意識にそれをしていました。

人生の転機、先が途絶えたレール

人生における大きな転機、それは次女の死です。次女の訃報の電話をもらったときのことを、今でもありありと覚えています。

「報われると信じてさんざん我慢してきたのに、何も報われなかった」

私は強く怒りを感じました。なぜ怒りを感じたのか、誰に対する怒りなのか、自分のことなのに理由が分かりませんでした。しかし、自分を生きよう、自分で努力しようと決心したとき、この激しい怒りが込み上げてきた理由が分かりました。私の欲求を叶えてくれる人がいなくなったことへの怒りと絶望、そして自分の嫉妬から生まれた願望が叶ってしまった焦りでした。

この生き方をしていれば酷い目に合わずに生きていける、そう信じていた足元が根本から消え去ってしまった気持ちです。まるで目の前のレールがぷっつりと切れてしまったかのようでした。途方に暮れていたし、世界から裏切られたと感じていました。

この大きな出来事は、自分の願望を人に託す人生、言い換えれば誰かを自分の身代わりにする人生からの脱却を示唆していたのかもしれません。次女が死んでも私は生きている。この事実が何よりも受け入れ難いことでした。

初めて自分でレールを作りながら進む

やぶれかぶれの人生もほんの数年で終わり、私は自分の力で生活を立て直す暮らしになりました。もちろん家族の協力を得ています。当時は監視されているように感じていましたが、今思えば見守ってくれていたのでした。生活の基盤、日々の暮らしを立て直すための数年でした。質素倹約という言葉がぴったりですが、かっこよく言うと「ミニマリストな暮らし」です。

では私自身は満ち足りていたかと言うと、そうではありません。なぜなら、幼い頃に考えた「自分が悔しくならない方法」が変えようのない事実として染みついていて、自分にはできないことが当たり前になっていたからです。まるで「生きることの形骸化現象」。自分が枠から出ないように気を使って過ごす日々、だから何をしても心の底から感情を味わえない時間だったのだと思います。

よくよく考えれば「そんなルールに縛られているから苦しいんだよ」と気づけただろうに、と思います。けれど、そのときはできなかったんです。このルールを破って、また自分にがっかりするのが怖くて。もう二度と、怒りも失望も感じたくなくて。

私は次女が去ってもなお、彼女にすがりついていたと思います。彼女の人生は彼女のものであることを十分に理解できていなかったのだと思います。だから長いあいだ、次女が去ってしまった理由を探しました。本当は「私のせいじゃない」という言葉が聞きたかっただけなのかもしれません。

自分らしくあること

我ながら見事なほどに自分の願望を人に託す人生だったなと思います。私はサポートのほうが得意だから! といって、誰かを私の前を歩かせようとしたこと、きっと何度もあります。思い通りにいかないから人間関係が途絶えてしまったこと、これも何度もあります。とっても矛盾していますが、すべては大切な人たちにとって役立つ存在でありたい頼られる私、期待に応えられる私になりたいからです。

頼れる誰かを探すのではなく、
期待に応えられる誰かを探すのでもなく、
私がそんな人になって、大切な人たちの役に立てるよう努力すればいい。

そう気づいたとき、長いあいだ抱えていた罪悪感から解放されたかのように、心の力が抜けました。

がっくり落ち込みもしたし、自分に失望もしました。けれど、私がこうやって生きてきたからこそ得られたことです。だからもうやるしか方法が残ってないじゃない、やるしかないじゃない、という気持ちになりました。

自分らしくあること、それは自分の望みや願いや欲求を、自分の手で叶えている姿だと私は思います。これはその人生を生きている人だからこそ、できることです。

さいごに

これから私は、自分さえ経験したことがない「自分を生きる人生」に突入します。今でも恐怖(恥をかくかも、努力が報われないかも、自分に失望するかも、失望されるかも)はあります。でもこの恐怖を超えないと、私は新しい景色を見ることができません。私は新しい景色を見たい、大切な人たちに頼られる存在になりたい、期待に応えられる人でありたい、だからこの恐怖を超えます。

3か月弱かかってようやくパンドラの箱の中身を言葉にできました。最後まで読んでくださってありがとうございます。感想など頂けると泣いて喜びます!


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