心の行き止まりを乗り越えたあなたへ

(via:http://sustainablediary.blogspot.jp/)

タイトルの「心の行き止まり」とは、いわゆる「鬱」と呼ばれる状態のことです。

ここ最近、この言葉に何度も出会う機会がありました。私自身、何度も出会うキーワードは大切なもの、自分に向けられたテーマ(課題)だと考えているので、改めて鬱について考えました。

といってもね、私も鬱の経験がありますが、ここ5年ほどはまったく感じていません。では完治したのか? と問われると、そもそも「完治するっていうものではない」って思っています。ある心の状態を(時に身体にも影響が出ますが)「鬱」と呼んでいるのだろう、って思っています。

※私は医療従事者でも医者でもありません。ですから「治す」ことはできません。ただ、自分や身の回りの人が経験したことから感じたことを書いています。ご理解の上でご覧になってください。

私の考える「鬱」

鬱は誰にでも可能性のある「心の状態」だと思っています。どんな状態かというと、視野がとっても狭くなって、周りのことが見えなくて、常に危機感を抱いた状態です。

誰しも「イライラする」って経験はあると思います。イライラはなぜ起こるのかっていうと、自分が思い描いていた理想と現実にギャップがある時です。思い通りにいかないとき、歯がゆいとき、もどかしいとき、人は「イライラ」します。私はこれを、「鬱の種のひとつ」だと考えています。

このイライラをどうにかしようとして、試行錯誤したり、考え方を変えたり、手を尽くしたりと行動するわけなんですが、それが場合よにっては自分を追い込むことになるんだと思います。ひとつの理想だけ、あるいは求められた現実だけを追い求めるあまり、視野が狭くなり、周りが見えなくなり、常に「これではダメだ」と危機感を抱き、身動きの取れない心の行き止まりにたどり着くのだと思います。

日々を作っている「考え方」

人はそれぞれに「考え方」を持っています。これは日々、経験や学習を積み重ねて進化・成長してゆくものです。その方向性や、選択のひとつひとつに「個性」があります。それが私たちが「それぞれ別の人だ」ということのひとつでもあります。

私はいつも「考え方って道を作るのに似ている」って思います。ここで言う「考え方」とは「連想ゲーム」に似たところがあります。何かが心に引っかかり、どうしてかなって考えて、こうかなって考察を立てて、、、という具合に発想を展開させてゆきます。このとき、私たちは「使い慣れた考え方」を選びがちです。だから他者の考え方を知ったとき、「新しい!」と感じたりするんだと思うんです。

使い慣れた考え方は、自分が開拓したものかもしれないし、誰かを模したものかもしれません。いずれにせよ、私たちはその使い慣れた考え方を生活の端々で使っていて、無意識に選ぶようになっています。目を閉じてもそこがどこか分かるぐらいに、生まれ育った家の近所みたいに。

考え方というのは、自分自身を表しているものであり、同時に自分たらしめているものだと思うんです。そしてこれは、自由であるべきだ、と私は考えています。

心の行き止まりへの道筋

誰しもが心の行き止まりにたどり着こうとして、思考を巡らせるのではないと思います。だけど突然落ちてしまうのが心の行き止まりです。何が悪かったとか、どうしてこうなったとかを考えることはきっと悪いことではないのでしょう。しかし、もうそこは行き止まりだから、それ以上先には進めないんですね。ではなにをするべきか、おそらく「原点(自分)に戻る」ことが必要とされるんだと思います。

だけど私たちの多くは「せっかくここまで来たのに」と惜しんで原点に戻れず途中の道だけを変えてみたり、「これ以外の道(考え方)が分からない」とその場で立ちすくんだりします。

心の行き止まりまでの道は使い慣れていて、今までの経験も安心感もあるから「変える」ことや、「見直す」ことが簡単ではないのだと思います。

行き止まりって何だろう

心の行き止まりについて書きましたが、では実際に心の行き止まりで私たちは塞がれてしまう(行く手を阻まれてしまう)のでしょうか? それはないって私は考えています。思考には、物理的な壁や蓋は存在しません。もしあるとしたら、それは自分が作っているものです。

っていうのを、行き止まりで立ち尽くしている人に対して伝えたところで、きっとこれは伝わりません。私が患っていたときでもそうでした。ないはずの壁を、どうしようもない、動かしようのない「事実」のように思えてるから、立ち尽くしている(あるいは自傷などの行動をしている)わけだから。

心の行き止まりからの脱出に必要なのは「原点(自分)に戻る(=それまでの自分に戻る)」ことだと思います。それを実現するために「対話」があるのだろうと思います。これは自分との対話の場合もあるでしょうし、専門家や心を許せる相手との対話の場合もあると思います。外からの声が必要なんだと思います。

そこから、世界を広げること(狭まっている視野を広げること)、物差しはいくつもあるっていうこと、新しい道(考え方)を発見すること、本当の意味でのリラックスを知ることなどを見つけて実践し、自分だけの「回復の道」を辿るのだと思います。

人によっては、環境が変化を許さない場合もあります。例えば入院しているとかね。順番にひとつずつ問題をクリアしてゆくことで、必ず状況は変えらると思います。早く脱出したいから急ぎたい気持ちが生まれるのも分かります。でもひとつずつ、なんです。ずっと我慢しろっていうのではなくて、ひとつずつクリアしてゆくんです。

この記事を書こうと思ったきっかけ

最近の私は、端々で心の行き止まりに対面することがありました。その中でも一人、とっても大切な人がいます。彼女はずっと私の読者でいてくれた方で、去年の春に鑑定をご依頼してくださり、その夏に入院することになったそうです。だけど今、退院してまた連絡をくれたんです。それが本当に嬉しくて、嬉しくて、このデリケートな内容は書きづらいなって思ってたんですが、記事にしようって思ったんです。

私は占星術やタロットを使って鑑定をしています。悩みと心の行き止まりは、とても近い位置にあるって感じています。しかし私は医療従事者ではありません。私では心の病を治せません。きっかけとなった彼女に対しても、私はなにもできなかったと感じています。事実彼女は自分の力で立ち上がりました。そしてまた会いに来てくれた、対話しに来てくれた。それはとても嬉しいことで、この仕事をやっててよかった、と思えるものでした。

その彼女へ。
再び連絡をくれてありがとう。元気そうで本当に嬉しかったです。そしてこれからも、その元気が続くように、私はずっと応援し続けます。

※これを読んでいる人の中にも「自分もそうかな」って思うところがあるのでしたら、医療機関を受診することをお勧めします。自分に合った良いお医者さんに出会うためには頑張る必要もあるかもしれませんが、どこかに必ず受け入れてくれる、丁寧に話を聞いてくれる病院はあると思います。本来の自分に戻るために、ありのままでいるために、選択のひとつとして。

2019年からのサイトについて

2019年からのサイトの方針については、もうしばらく詰めてからお知らせしようと思います。今までパスワードをご希望されてメールくださったみなさん、ありがとうございました! 方針が決まり次第、いち早くお知らせのメールを送らせていただきます。

2019年からはサイトの規模を縮小しようと考えています。密な信頼関係を築ける方々と、占星術を挟んでやり取りができるサイトを目指します。

この姿勢は変わりません。そうするために、本当に何を残し、何を深めてゆくかを詰めているところです(10/25の満月直前)。


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