魂の暦について

魂の暦について

※このページでは「魂の暦」について私の考えを書きます。随時追記や修正を行います。

「魂の暦」とは、1912年にルドルフ・シュタイナーが発表した詩篇形式のカレンダーです。復活祭からはじまり一週間ごとに一つの詩、52週で終わります。

復活祭はその年によって変わります。2019年は4月21日が復活祭でした。2020年は4月12日です。

私はどこかで「魂の暦の正しい読み方があるだろう」と思っていました。けれど、書籍を読み進めてゆく中で少し違うのでは、と思うようになりました。私たちにとってカレンダーとは変動しないものです。誕生日が毎年少し前後するの、なんて話は聞きませんよね。しかし魂の暦は毎年スタートの日が変動します。なぜ始まりの日が違うのか。私はこれを「宇宙のリズムを感じながら生きる暦」だからだろうと感じました。

私たちは大きな視点で見れば宇宙にいることになります。地球も宇宙の中の一つの天体、そこにいるわけですから、地球にいることは宇宙にいることになりますね。書籍を読んでいく中で、「魂の暦は宇宙の呼吸、生の営みのリズムとも言えるのかもしれない」と思いました。それが私たちに何かを与えてくれるのか、今はまだ分かりません。しかし、ピュアな自分になればなるほど、宇宙のリズムに重なってゆくのではないだろうか、と思っています。

※現代の私たちが使っている暦は「太陽暦」です。これは明治6年から始まりました。それまでは太陰太陽暦が使われていました。太陰太陽暦とは、月の運行(太陰暦)と太陽の運行(太陽暦)の周期を組み合わせ季節が大きくズレないように工夫された暦です。現代の太陽暦でも閏年があり、4年に一度は2月29日がありますね。太陰暦では3年経過すると一か月ほどのずれが生じるため、食い違いを補正するために一年が13カ月ある閏年があったそうです。すごく遠い昔の話のように感じますが、太陰太陽暦から太陽暦に変わったのは1872年12月31日。ほんの150年ほど前の話です。

参考書籍

魂のこよみ(ちくま文庫)

本書には、1年(=52週)分の「週の詩篇」が、復活祭に始まり、季節を追って収められています。さながら、季節の自然と読む人の魂とを結び付ける魔法のカレンダーです。春夏秋冬、一年を通して読み進むうちに、季節と共に在ることの喜びを感じさせてくれることでしょう。全面新訳。Amazonより

高橋 巖さんの訳による魂の暦です。ドイツ語と日本語訳、そして解説が書かれています。2020年までの復活祭一覧表もついています。

新訳 魂のこよみ

夜の神聖さを星とともに祈り、朝の太陽を地球とともに喜ぶために。宇宙と人間、そして四季の祝祭の視座からのシュタイナー言祝ぎの7冊。Amazonより

秦 理絵子さんの訳による魂の暦です。高橋さんが「霊」と訳しているところ、秦さんは「精神」と訳されています。

『魂の暦』とともに

四季に息づく“思考”をたどり、より深い“私”へ向かう。シュタイナーによる12カ月の魂の言葉。Amazonより

鳥山 雅代さんが訳による魂の暦です。見開き左のページに日本語訳とドイツ語、右のページに解説が書かれています。個人的にはこの訳が一番好きです。

ルドルフ・シュタイナーの『魂の暦』とオイリュトミー

オイリュトミー生誕100周年に向けて東京で行われたミヒャエル・デーブス氏の講演を冊子にしたものです。周りの世界と人の心の中で起きる出来事を週ごとに短い言葉で表したルドルフ・シュタイナーの魂の暦に込められた内容や言葉が深く探求されるとともに、オイリュトミーの表現とのかかわりが述べられています。

魂の暦の全編は掲載されていませんが、ルドルフ・シュタイナーが伝えようとしていたことについて、そしてオイリュトミーや芸術とは何かといったところまで書かれています。かなり興味深いですが、あくまで概念のお話しなので飲み込むのに時間がかかっています。

魂の暦との出会い

魂の暦に出会ったのは、Facebookの秘密のグループ「はりねずみの会」でした。

はりねずみの会
主催者:花岡攻事・令奈ご夫婦
スイス・ドルナッハのオイリュトミー学校(Eurythmeum CH)に所属して、オイリュトミーを学んでいます。オイリュトミーのこと、シュタイナーのこと、日々考えていることや、感じたこと、などなど、FBのフィードではなかなか書けない、繊細なところや、深いところ、まだ結論には達していないけれど自分自身の最先端のところ等を投稿しています。※入会ご希望の方はご連絡ください♡

Magnolia’sWorldに込めた思い

魂の暦を読みながら、今の星の流れを読み解いてゆくコーナーを「Magnolia’sWorld」と名付けました。これは、宮沢賢治の「マグノリアの木」という短編小説からいただいた名前です。

個人的には、宮沢賢治の小説は難解だと感じていました。有名な「注文の多い料理店」でさえ、薄気味悪くて怖くて、子供が読んだら泣くんじゃないかって。救いがあるような、救いがないような、教訓があるような、教訓がないような、つかみどころのなさが苦手だと思っていました。

けれど、ある時ふと気が付いたんです。ああ、彼が言葉で紡ぎだしている世界は「真実」なんだって。ただの真実です。良いも悪いもない、真実です。

マグノリアの木には、こんなセリフがあります。

これがお前の世界なのだよ、お前に丁度あたり前の世界なのだよ。それよりもっとほんとうはこれがお前の中の景色なのだよ。

この言葉は、そのままの意味なのだと思います。
「あなたから見えている世界が、あなたの世界です。そして、あなたが見ている世界こそが、あなたの中の世界なのですよ」

私たちには目があり、世界を見ることができます。ただ世界を映すだけならばレンズでもいいでしょう。ですが、私たちは目を通すことによって「私というフィルタ」を通して世界を知ることになります。これが「私の真実」なのだと思います。

しかし、成長の過程で身に着けた、世間体や、押し付けられた常識や、無条件に信じ込んでいたルールなどによって、あるいは、自分がその責任を負いたくないがために、自分が失敗して恥をかかないで済むために、誰かのせいで「できない」ことにしておきたいために、真実が歪められ、本当は豊かで緩やかな坂道が、孤独で険しい道に思えてしまったり、あるいはその逆もあり得るのだろうと思います。

住みやすく、心地よく、愛があふれた世界は、きっと目の前に広がっているのだと思います。その世界にたどり着くために、魂の暦とともに歩もうと思いこの名前を付けました。

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