2018年夏の赦し

2018年夏の赦し

こんにちは、柊です。夏が終わりますね、残暑が厳しいと思っていたけど、エアコンを消してみると風はもう秋を連れてきているようです。今日は秋雨前線のおかげで涼しいし!

星読みをしているとどうしても「星」から離れられなくなるんだけど、今年の夏は私にとってスペシャルなことがありました。星とは直接関係ないかもしれないけれど、一人の胸にしまっておくよりシェアしてしまったほうが、私自身すっきりするだろうなって思ったので、どっさり書こうと思った、というわけです。

父の隣に並んだ夏

今年の夏、私にとって家族の在り方を変えた出来事がありました。変えたと書いてはいるけれど、変わったのは私だけだったのかもしれません。思い返せば、もう何年も前からその予兆は受け取っていて、だけど私自身が「娘でいること」を選びたかったために受け取っていなかったのかもしれない、とも思います。

その出来事とは、父に対して、秘めていた思いを打ち明けたことです。っていうとね、ずーっと秘めてたのかと思うでしょう。違うんです、思い当たったのは8月。家族でいた期間を考えると、ついさっきぐらいのことなんです。

私が父に対して感じた思いが生まれたのは「物心ついたころにはすでに」だったのだろうと思います。心のどこかで思っていた、けれどそれを父に伝えることは、父を傷つけることになるだろう。私は父が大好きだから、私は父の味方をしなければならない、だから言葉にしてはいけない、と思っていたのだと思います。

一見すると甲斐甲斐しい娘のようでもありますが、それしか対処する方法がなかったとも言えます。なにせ当時の私3歳ぐらい、なすすべがなかったんだと思います。そしてそのまま大人になっていた。

父に伝えた瞬間のこと、たぶん一生忘れないと思います。父に向かって「ごめん、お父さん!!」と思いながらやさしく投げたボールを、父はホームランで打ち返してきたのですから(それも清々しいほどの! 気分は逆転満塁ホームラン、マウンドで膝を折る私!!)。

しばし呆然としてしまっていたけれど、よくよく思い出してみれば両親ともにその件に関しては「意に介さない」姿勢だったなと思い出しました。人のうわさにも、そうした扱いにも、一切屈しない。というか「我々はそこに価値を置いていないから気にならない」といった感じ。確かに何度か私が泣き言を伝えても「まー、そんなこと言われたの。バカバカしいー(爆笑)」だった気がします。

私、勝手に耐えていたのかしら? と思うとちょっと空しくもなりましたが、それは私が耐えることで両親を守っているような気持ちだったからかもしれません。耐えること=守ることではなかった。そう気づいたら、とんでもなく楽になったのは事実です。そして、生まれて初めて、父と対等の視線になったような気がして、言葉にはしないけれど父が私に(正確には私と主人のセットに)頼っていることを真っ直ぐに感じられたように思います。

言えなかった言葉は、癒えなかった言葉

私が父に伝えたことは、ホームランで返ってきたわけだけども(笑)少なからず、父に対して抱き続けていた、言葉にすらなっていなかった思いに気づけたことは、私にとっていろんな出来事を紐付けるものでした。経験や感情を点としたら、それらがなぜ関連していたのかを紐付ける線がそれだったわけです。

父に話すことで、「傷」だと刷り込まれ続けたものが、傷でも何でもなかったと知ることができた。癒えないものと思っていたものが、あっさりと溶けて消えてしまった。

それは私が私に対して「だからしょうがないよね」と諦める理由にもしていたことなのかもしれないと思います。小さなころは、その傷に対してどうにもできなかった。だから陰に隠れる方法を見つけて、ずっとそうしていた。それが一番安全だと思っていたから。でも、もうその壁(蓋)は溶けて消えてしまった。

だから、今はかなり「スースーする、どうしよう」状態です。かなり慣れない(笑)、でもこの軽さに慣れることで、今までの私が見たこともない「私」に出会える時間が始まるのだと思います。

今、私のホロスコープでは4ハウスの終盤(あと1度で5ハウスに突入)に木星があります。木星は拡大・拡充。時に闇や、気づいていなかった秘密に光を当てます。そして4ハウスは自分の基盤、居場所、ルーツとなる場所。

私は今まで、妹を亡くしたことをきっかけに、家族同士で助け合ってやってきたと思っていました。だから心の中もお互いがよく知っていると。でも、それはあくまで一面に過ぎなかった。妹を亡くした後、私が家族を崩壊させそうになっていたころ、私の4ハウスに木星がありました。その木星が一周し、あのころとは違う側面を、だけど全ては一つの点に繋がっていたことを感じました。

「なぜこの家族として生まれてきたのか」

この問いに気づけたこと(出会えたこと)は、私にとって大きな転機となると思います。だって、言えなかったから癒えなかった傷が、言えたことで癒えたから。

唯一無二のストーリー

家族はいろんな痛みや経験を共有しています。けれど、私から見た家族の経験と、三女から見た家族の経験は違います。もちろん、父から見ても、母から見ても、祖母から、曾祖母から見ても違うと思う。だからこそ、私だからできることがあるんだろうと思います。同時に、三女にもそれがある。

私たちは必ず誰とも同じではない。だからこそ、唯一無二のストーリーが描けるのだと思います。だから誰かに許しをもらわなくてもいい、自分さえ赦すことができれば、自分が一番欲しかった「自由」が手に入るんじゃないかと思いました。

私の今年の夏、こんなことがありました。みなさんの夏は、どんなことがありましたか?

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