12月の徒然事

12月が始まりますね。射手座にどんどん星が集まって、かつ土星は射手座をラストラン中で、一つの時代が終わる……というと大げさかもしれませんが、毎年ながら感慨深い季節だなと思います。

私は6月生まれなので12月は太陽がオポジション(向かい合う配置)になる季節です。オポジションというと緊張感があるとか、対立するみたいな意味が強いですが、体感としては「元気な月」です。緊張感があることと、元気がないことは関係がないんですよね。あるとしたら、緊張感があったり、意志の対立みたいなものを感じるから

いつもよりも行動する
 ↓
出会う出来事が多くなる
 ↓
刺激が多くなる
 ↓
体感としては充実する(忙しい、あっという間)

ではないかなと思います。

私は今、ほとんど人に会わずに生活しています。だから刺激ってとっても少ない。平穏と言えば平穏ですが、退屈とも言えます。人間関係で悩む事はありませんが、求めなければ誰からも声をかけられません。

物事には必ず二面あると思っています。にぎやかで楽しい環境であれば、刺激が多い分、自分の欲求も増えるし、対人面におけるトラブルや悩みも多くなる。静かで孤立した空間で過ごしていれば、人間関係の諍いはまずないですが、とことん孤独です。

これほどに極端に振れる必要はないと思います。多くの人はお仕事中は否応なく人間関係の中に入ることになるし、休日は望めばわいわいとにぎやかに、あるいは一人で静かな時間を過ごすなどしてバランスを取る。

あれ、話しがずれてきたな。

先日NHKの某番組を見ていて、SNSってちょっと背伸びする場だとはぁちゅうさんが言ってました。それを聞いて、AERAの記事にあった「しいたけ占い」のしいたけさんの記事を思い出しました。「明るさに疲れた時代」というタイトルでした。

木星の天秤座時代を経て、見た目や「どう見られているか」にこだわる時代は少し収まるかなと思っていたのですが、今も変わらずありますね。これは時代云々ではなくて、病理なんだろうなと思います。SNSがあろうがなかろうが、きっと消えることはないもの(「いじめ」もそうです)だろうって思います。

しいたけさんは「タレントさんではないのに、何者かでなければならない恐怖がある」時代だとおっしゃっていました。SNSの時代はこうした「ありふれた闇」を、あたかも常識のように広げたという面があるんだろうと思います。

誰かが持っているものを自分も手にしたら、焦燥感や物足りなさを生み出す「空虚」は埋まるものでしょうか。きっと違います。空虚さってたぶん埋まりませんし、誰もが持っているものだと思います。

では「空虚」は悪でしょうか? これも違うと思います。そのものに善悪はなく、そこから私たちが何を発露させ、どう行動するかの問題だと思うんです。

今は簡単に分からないことを検索できる時代で、先人たちがいろんなことを深く掘り下げて考えてくれた軌跡に触れることができるから、なんでも調べれば分かるように思えます。でもそれは「知ってるつもり」が増えるだけで、本当の意味で「知っている」ことにはならないんだろうと思います。そのために私たちは生まれて、生きて、経験して、感じるんだと思うんです。くどいですが「生きることは物語を作ること」だからです。

占星術での節目は3月の春分ですが、私は年末年始や正月も好きです。2017年が終わる12月、水星の逆行もありますし、誰にも惑わされない「自分だけの理想」を振り返ってもいいんじゃないかなと思います。

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