大人の階段を上り、より自由に生きよう~蠍座の満月~

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大人の階段を上り、より自由に生きよう

メッセージ

2020年5月7日 19:45に満月を迎えます。日暮れ後すぐの満月なので、地平線に上ったばかりの満月に照らされる、幻想的な日となりそうです(お天気さえよければ!)。

今回の満月は、太陽が「ボディ・マインド・スピリット(肉体・知能・魂)」を表す6ハウスにあり、月が「ハート(情)」を示す12ハウスにあります。そして2ハウスに集まっている逆行中の冥王星と結びついている。

冥王星は「破壊と再生」を司る天体です。今この現状に当てはめると終わらせるからこそ始められるものがあるとか終わらせることで始めるものがあるという意味に受け取ることができます。

また、冥王星のそばには木星、そして水瓶座に入った土星があることから、時間軸を過去と未来に分けた中間が「今」だとしたら、過去という時間帯から、未来という時間帯への乗り換え中みたいに見えます。

ノアの箱舟伝説

みなさんはノアの箱舟というお話をご存知ですか? 旧約聖書の創世記、第六章から第九章にある神が地球規模の洪水からの後その家族、そして世界に残された動物たちを救った船のお話です。

私は先に書いた過去という時間帯から、未来という時間帯への乗り換え中というのが、ノアの箱舟のように感じられるんです。

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ちょっと余談。ノアの箱舟はいわゆる「伝説」です。私は伝説に限らず、あらゆる「お話・物語」は教訓や戒めを含んでいるものだと思っていた時期が、かなり長くありました。例えば、芥川龍之介の蜘蛛の糸は慈悲の心がなければ地獄に落とされちゃうんだよっていう感じです。

でも、きっと「お話・物語」って教訓や戒めのためだけにあるんじゃないんですよね。こんな事すると失敗するからやっちゃダメだよ、と人を戒めるためにあるんじゃないんですよね。

私が先に例えで出した「ノアの箱舟」も、大きな意味での比喩として(コロナ禍をノアの箱舟の洪水に例えて)、起こる前の世界と後の世界は、違っているんじゃないかなという、私のイメージということです。

無理に前向きになろうとしなくてもいい

私はこの満月図に向かっていると、ちょっと心の奥が痛むというか、少々うんざりした気持ちになるというか、分かってるよ、大人にならなきゃいけないんでしょっていう気持ちになります。

苦しい、しんどい、辛い、そんな気持ちが湧き上がってくる。だけど私だけが苦しい、しんどい、辛いわけではないことは分かってる。だから頑張らなくちゃいけない、我慢しなくちゃいけない。

なにかとの引き換えに、欲しいものを得る。その関係性もあるでしょう。でもそうすると、我慢の先にしか「欲しいものを手に入れられない」現実が待っています。

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私のブログを読んでくださっている方の多くは、自分についてたくさん考えてきた方じゃないかなと思うんです。すごく真面目に、真剣に。だからこそ、この「無理して、自分の気持ちをほったらかして、頑張ろうとする」落とし穴に落ちやすいんじゃないかなと思います。

無理に前向きになろうとしなくてもいいんだよ。私はそう伝えたいんです。

12ハウスの次にあるのは1ハウス。ホロスコープのスタートの場所です。嘘偽りなく前を向くために、今自分に課している限定を解除するその解除の方法は6ハウスの太陽と水星、そして3ハウスの火星が示唆する「現実の世界で行動を変えること」だと私は思います。

だから、今自分の中にある「苦しい、しんどい、辛い」という気持ちと、じっくり向き合ってほしいんです。おそらくその思いは、小さなころから何度となく抱いてきた感情だと思います。

褒められたい、役に立つ自分でいたい、評価されたい。苦しかったこと、辛かったことが、きちんと実を結んで欲しい。それに、今欲しいと思ったら、今欲しい。

私はこんな気持ちをずっと抱えてきました。いつも人が羨ましかったし、輝いている誰かになりたかった。

だけどここで暮らすようになり、もう自分が子供ではないということを思い知り、それでもまだ両親に褒められようとしている自分を知り(※これは夫が教えてくれました。聞いてる間痛かったー)、ああ、蠍座の満月が示すことはここなんだなと思いました。

いつまでも居場所を用意してもらって甘やかされることが、自分のモノサシでの「頑張り」を褒めたたえられることが、愛されていることだと思い込む

だけど、子供のころのように与えられて当たり前だという姿勢でいることは、今の自分の渇きを癒さない。そう分かっているのに、慣れた環境についつい甘えていたなと思いました。(※わざわざ言葉にして教えてくれた夫、ありがとう!)

そう気づいたから、翌日からさっそく行動や発言をできる限り丸ごと変える意識で行動しています。何でも「教わってないから分からない」で片づけない。先輩方々の行動や判断から学び取る。この土地を築き、守り、豊かにしてくれたすべての人に、自然に感謝する。

もし生き方や考え方に正解があるとして、人から教えてもらうことは、正解への道筋のきっかけにすぎません。本当の正解は自分で経験して、理解して、何かを感じ、それを現実に残してゆくこと(私の場合はここに言葉で残しています)で、自分の正解がブラッシュアップされてゆきます。

先日Facebookに投稿したこちらの記事も、転記・加筆しましたのでご覧ください。

季節と共に生きるということ

無理をしない自分で、本当に望むものを叶えに行く。それをこの記事のタイトルに込めました。

「大人の階段を上り、より自由に生きよう」

最近思ったこと

さて、先日緊急事態宣言が5月の終わりまで延長されました。みなさんの身の回りの影響はいかがでしょうか? 緊急事態宣言が出たのが4月7日、対象を全国に広げたのが4月16日でした。この満月を迎えると同時に一か月が経過したことになりますね。

ニュースで都市部の方々の暮らしの大変さを見ると「本当に同じ日本だろうか」と感じます。

貨幣による経済の循環が止まったことによる影響が、そこに住む人たちの暮らしそのものを止めている。言い換えれば、暮らすこととは、貨幣に頼った生産と消費に直結していたということがありありと浮き彫りにされているんだと思います。

では私の住んでいる田舎ではどうか。もちろん貨幣による経済もありますから人と人との接触を避けたりマスクをつけたりはしますが、貨幣を伴わない生産と消費、言い換えれば、自然を相手にする生産と消費が生活のメインにあるため、暮らしが激変することがないのだと思います(その代わり、不便なところは不便だよ)。

だからといって、誰もが田舎暮らしをすればいいとは思いません。それぞれが暮らしている場所で、それぞれに役割があると思うから。今自分がいる場所でできることを、果たせる役割を、一生懸命に果たすこと。それがどこであっても、その行動の大切さに、意味に、優劣はないのだろうと思いました。

※最近はFacebookの方が元気です(スマホでいじれて手軽だから😅)。こちらにも転記していますが、Facebookでもお友達になってくださると嬉しいですー♡

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